コロナ退散のお札

コロナの感染者数が減少してきましたね。スタッフEです。Eの暮らす市では飲食店クラスターで感染者数が多くなりました。昨日お寺から封書が届きました。ななんとお札が入っていました。「コロナ退散」ありがたく貼りました。

晴雲山 隆祟院(りゅうそういん)は、岐阜県恵那市岩村町1450にある浄土宗の寺院。晴雲山 隆祟院は、岩村藩初代藩主の松平家乗の娘で知久直政に嫁いで寛永9年(1632年)に没した隆祟院殿晴雲貞受大姉から名付けられた。 慶長6年(1601年)松平家乗は上野国那波藩から岩村藩に転封となると、岩村城近くの山麓に久翁山 龍厳寺を建立した。慶長19年(1614年)家乗が没すると、龍厳寺内の墓地に埋葬されたが、寛永15年(1638年)、2代藩主の松平乗寿が浜松藩へ転封となると龍厳寺は廃されて、その旧閣に、次に岩村藩主となった丹羽氏信が菩提寺の大椿山 妙仙寺を移した。家乗の墓守として龍厳寺の塔頭に住んでいた僧が、引き続き庵を建てて住んでいたが、正保3年(1646年)に浜松藩からさらに館林藩に転封となった平乗寿が父の家乗の三十三回忌の法要を営むにあたり、この庵を改めて寺とし、開山は落合村の高福寺の転入和尚を迎え、晴雲山 隆祟院とした。その後も拡張され安政7年(1860年)の頃には惣門があり、高塀が二十四間も続いていたという。しかし慶応年間に寺域を取り払い本堂を大通寺観音堂へ移転した。また現在の隆祟院の山門は、大給(分派)松平氏の菩提寺で版籍奉還後に廃寺となった松石山 乗政寺の遺構である。観音堂の外陣の絵天井は、狩野派によって描かれたものである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

 

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